名所・旧跡

名所・旧跡

那古野山古墳(なごのやまこふん)

大須古墳群と呼ばれる古墳群のうちのひとつ。6世紀頃に作られたもので、もともとは前方後円墳でした。 江戸時代に修験道の寺・清寿院(富士山観音寺)の後園が造営され、浪越山と呼ばれました。
清寿院が明治5年に廃寺となったのち、明治12年に愛知県初の公園・浪越公園として市民に開放されました。広く市民に愛されましたが、明治43年に鶴舞公園が開園したことにより廃止になります。
大正3年、名古屋市が那古野山公園として再び公園化。このとき、大幅に縮小され現在の大きさになりました。
1991年、1995年には発掘調査が行われ、これによって出土した遺物は名古屋市博物館に収蔵されています。



柳下水(りゅうかすい)

明治の廃仏毀釈により廃寺となった修験道の寺・清寿院(富士山観音寺)の中門前にあった供水として使われていたのが、柳下水です。
すぐ近くの富士浅間神社はこの寺の鎮守でしたが、神社だけが残って現在に至っています。
将軍家上洛の際には飲用水として用いられたとされている、尾張名古屋三名水のひとつ。



信号機

赤門通と裏門前町通との交差点に設置されている四角い信号機は、全国的にもめずらしいもので、テレビなどで紹介されることもあります。
各方面を向いた車両用と歩行者用が一体にまとめられています。



たんすのばあば

体に触ると、一生着るものに困らないと言われています。東仁王門通、チェザリ前で微笑んでいるばあばに触れてみては。




からくり 「万松寺・信長」

<諸堂工事中の為、現在休止中>
毎日10時、12時、14時、16時、18時上演。
織田家の家紋のついた扉が開き、万松寺で行われた父・信秀の葬儀の際に信長が香を投げつけたという焼香事件の場面がからくりによって再現されます。
第二場は桶狭間の合戦前夜、『人間50年、下天のうちをくわぶれば、夢幻の如くなり』と幸若舞の「敦盛」を舞う信長の姿が上演されます。
八代目玉屋庄兵衛作。




からくり 「大須観音・宗春爛漫」

八代将軍吉宗の時代、江戸では倹約政策をすすめていましたが、名古屋では徳川宗春がこの政策に反して芸能や消費を奨励しました。このことが、芸どころとしての基礎を築いたとされています。
宗春の政治のように、優雅で華やかなからくりです。
最初に演目を「唐子」か「浦島」か選ぶことができ、内容が異なります。
名古屋の人形作家・夢童由里子作。




からくり 「三英傑」

八代将軍吉宗の時代、江戸では倹約政策をすすめていましたが、名古屋では徳川宗春がこの政策に反して芸能や消費を奨励しました。このことが、芸どころとしての基礎を築いたとされています。
宗春の政治のように、優雅で華やかなからくりです。
最初に演目を「唐子」か「浦島」か選ぶことができ、内容が異なります。
名古屋の人形作家・夢童由里子作。




若宮八幡社・山車からくり

毎年五月の例祭(若宮まつり)と十月の名古屋まつりの際に引き出される山車に、からくりが設置されています。
人形は延宝4年作のもので、明和4年に人形師・竹田寿三郎がからくりを改良。ふたりの唐子が登場し、一人は団扇太鼓を打ち、もう一人は蓮台に左手をつき逆立ちになり右手で摺鉦を鳴らします。