大須の祭礼行事

大須の祭礼行事

馬の塔 子どもみこし 5月第2日曜日

「馬の塔」は「馬かけ祭り」という尾張・西三河地域に伝わるお祭りが起源とされており、『尾張名所図会』(江戸末期から目地にかけて刊行の尾張国の地誌)にも大須観音での催しの記述がある古いお祭りです。古くは熱田神宮でも執り行われていましたが、現在は行われていません。
桶狭間の戦いで勝利した織田信長が清洲城に凱旋した際に、勝利の知らせを聞いた村人たちは喜び、城へ集まってきました。このことをきっかけに、村の中心となる社寺において、お祭りのときに飾りをつけた馬の行列や馬が境内を駆け回る「馬かけ祭り」が尾張・西三河の各地ではじまりました。
さらに、江戸時代になると、五穀豊穣・雨乞いなどのお礼として標具(だし)と呼ばれる札や御幣を立てて、豪華な馬具で飾った馬を社寺に奉納する祭礼へと変化していきました。大須観音の「馬の塔」は熱田神宮で5月5日に馬を引いて走らせる「端午の走り馬」を由来として、5月18日に行われます。

大須観音の「馬の塔」では白い馬が登場しますが、これは清須越しによって移転する前の大須観音が水害に遭った際にどこからともなく現れた白い馬によって寺宝が守られたという逸話からきています。
江戸時代には名古屋城下のたくさんの町や芸妓連が参加して、歴代の藩主が見物に訪れるなど、大須の「馬の塔」は多くの参加者と見物人とで大変なにぎわいを見せたそうです。

現在も大須観音の行事として毎年5月18日に行われています。商店街の行事としては、子供たちが参加できるように毎年5月の第2日曜日に開催しています。地元の子供たちが馬の頭のお御輿を担いで、身体健康を祈念しながら商店街を練り歩きます。